12月6日の日記

2011年12月6日 日常
 おはようございます。
 09:00です。

 今日はバイトはお休み!

 !(^^)! というか、

 今日から「家事強化4連休!」に突入です……

 (^^;)”

 もともと11月後半の予定だった屋内「耐寒+越冬準備」作業関連を、この4日間で、まとめて片づける!

 ☆ o(^^;)o””☆

 という「努力目標」が、果たしてどれほど、実現というか、実行されうるものか……?

 (^^;)

 みなさん、なまヌルくわらいながら、見守ってやってください……☆

 ちなみに、

 昨晩帰宅時(22時前)の外地表温度、マイナス1℃。
 今朝起床時(05時頃)の外地表温度、マイナス2℃。

 ……関東だと、夕方から朝にかけての冷え込み(気温低下)が5℃~10℃ぐらいあるもんですが……

 ここ軽井沢では、日暮れ時にぐっと下がって、あとは、夜間から夜明けにかけての温度変化は、ほとんど無いらしい……?

 ?(^^;)?

 ついでに、
 昨晩帰宅時の無加温室内温度は、プラス5℃。
 今朝起床時の無加温室内温度は、プラス7℃。
 今朝起床時の体温加熱床温度は、推定37℃。

 ぬっくぬく~♪(^o^)♪の「お布団から出る」のが、(特に「お休み!?」の日は)、難しい季節に、なっていまいりましたね……☆☆★


 w(^へ^;)w””


 昨日の「動かないシャーウッドの杜」別名「グリーンウッド半個艦隊」の当直は……

* 話せば話すほど「性格そっくり!?」な(^^;)、
 「アッテンボロー店長」。(血液型は「A型」らしい☆)

* 渋さとお茶目さと奥行きの深さの混在っぷりで後方@基地 kitchen の守りを固める、
 「メルカッツ提督」。

* 皮肉屋の舌鋒がポプラン以外のスタッフにも振り向けられている(^^;)
 (しかし有能でとても頼りになる)「迎撃隊長代理」な、
 「イワン・コーネフ接客店員」。

*「眠い~眠い~★立ったまま寝ちゃう~!」と日がな一日ボヤき続けているだけの役立たず、
 「ヤン・ウェンリー皿洗い係」(=私)。

 という、重厚な(?)布陣でございました……。

 ついでに、

* なぜか非番のはずなのに職場にカオを出す職務熱心すぎ?な
 「アントン・マリア(以下省略)新任少尉」

 からの差し入れのシュークリーム♪と、

*「死んだはずだろお富さん♪」……もとい、「辞めたはずだろ!?」な、
 ヤン・ウェンリーの前任者、(ってことは……>「リンチ少将?!」)(<でもどっちかというと、「フォーク准将」な外見でした……w))

 の、「帝国の逆襲?」攻撃が、ありました……☆

 ☆ w(^w^;)w ☆


 いや、変化に富んでて飽きないわ、このバイト……wwww


(んで、ハナシに聞く(だけ)の「本社の部長」が、「もしかして、キャゼルヌ似?」じゃないかと、勝手に期待(妄想)してるんですが……

 どうかなぁ……?(^^;)?……””)


(だってね、ケガした当人(@アントン少尉)が何も言わない(というか「自己責任!」と思って諦めていた)うちから、すでに自動的に労災の手続きが(上層部内で)開始されていて、応急処置を受けた怪我人が戻ってきた時点(事故当日の午後早く)には、すでに(しかもバーゲン強襲部隊との激戦のただ中だったというのに!)、「申請書類があらかじめ用意されていた」んだぜ、この会社……♪)

 !(^-^)! (やっぱりキャゼルヌっしょ? そーいう「手配の良さ」を発揮するのは……☆)


(筆硯、もとい、
 必見参照>http://42642.diarynote.jp/201112041025217775/

 「私と同姓同名で、えらい違いだ」な他人が、沢山いるぞ……!?
 ☆ w(^w^;)w ☆
◇無料電話相談
 「国民健康保険119番」
(金沢市)

 8日(木)・9日(金)
 午前10時~午後5時。

「国民健康保険料が高くて払えない」
「事業不振で保険料が払えない」など

 国保に関するさまざまな相談に応じます。

 受付先=(略)
 相談無料・秘密厳守。

 主催=国保をよくする金沢市実行委員会

(日本共産党 http://www.jcp.or.jp/
 機関紙「しんぶん赤旗」http://www.jcp.or.jp/akahata
 2011.12.06)

 参照>http://www.min-iren.gr.jp/syuppan/genki/131/genki131-2.html
(2013.08.17.入力)
 「坂の上の雲」で描かれない歴史
 戦争への熱狂に抗した平民社

 NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の第3部「激闘完結」編の放映が始まりました。「旅順総攻撃」「二〇三高地」「敵艦見ゆ」「日本海海戦」の4回で、まさに戦争の再現です。

 しかし、このドラマからは消し去られてしまった事実があります。


 戦争の禁絶を宣言

 ロシアと戦争せよという声が高まっていた1903年11月、つぎのように宣言して、ある週刊新聞が創刊されました。


 一、われわれは人類の自由を完全にするために平民主義を維持する。
 出身の高下、財産の多寡、男女の差別を打破し、一切の圧制束縛を除去することを欲す。

 一、われわれは人類が平等の権利をうけるために社会主義を主張する。
 生産、分配、交通の機関を社会の共有とし、その経営処理を社会全体のためにすることを要す。

 一、われわれは人類が博愛の道を尽くすために平和主義を唱える。
 人種の区別、政体の異同を問わず、世界を挙げて軍備を撤去し、戦争を禁絶することを期す。


 社会主義者の幸徳秋水と堺利彦が創刊した「平民新聞」です。初版5000部はたちまち売り切れ、3000部を増刷したといいます。

 高まる開戦論に対して、彼らは新聞「万朝報」の紙上で非戦論を展開していましたが、同紙が開戦論に転換したため、退社して平民社をつくり、非戦の主張を続けたのです。


 口ある限り絶叫す

 1904年にはいると、日本とロシアの間には、戦争の危機が迫りました。1月17日付「平民新聞」は、全紙面に戦争反対の記事を掲げ、「吾人は飽くまで戦争を否認す」と主張しました。
 戦争は道徳上の罪悪、政治上の害毒、経済上の損失であり、戦争によって社会の正義は破壊されるとして、戦争への熱狂からさめよと、「愛する同胞」に呼びかけました。

 しかし、こうした叫びも空しく、2月、日露は開戦しました。

「平民新聞」は、平和を乱した責任は政府にあるが、戦争の災禍を負担するのはすべて平民だとして、今後も、口あり、筆あり、紙ある限り、われわれは戦争反対を絶叫すると、決意を表明しました。

 そして、われわれの仲間であるロシアの平民も、きっと同じ立場をとるに違いないとのべたのです。

 さらに、「自動機械」となって、人を殺すため、あるいは人に殺されるために戦場に行く兵士に、つぎのように呼びかけました。


 諸君の田は荒れ、老親は取り残され、妻子は飢えに泣く。諸君の生還は保障の限りではない。しかし、諸君は行かざるを得ない。行け。行って諸君の職分を尽くせ。

 だが、ロシアの兵士も人の子、人の夫、人の父であり、諸君と同じ人類である。どうか彼等に対して残虐な行いのないように。

 また、戦争に狂喜する人びとに対しても、戦争が何をもたらすのか、冷水を頭からかけてよく考えよと警告しました。

 戦争による膨大な公債は子孫を苦しめ、増税は国民を苦しめ、戦争は軍国主義の跋扈(ばっこ)、軍備の拡張、投機の勃興、物価の騰貴、風俗の堕落をもたらす、というのです。


 活動の歴史的意義

 3月、「平民新聞」は「与露国社会党書」(露国社会党に与うる書)を発表しました。


 諸君とわれっわれは同志であり、断じて戦うべき理由はない。愛国主義と軍国主義は、諸君とわれわれの共通の敵だ。


 手紙はこう書いて、敵国ロシアの社会主義者に対して連帯を呼びかけました。

 この手紙は英訳されて世界各国の社会党に送られ、大きな反響を呼びました。

 ロシア社会民主労働党の新聞「イスクラ」は、これに答える一文を発表して、日本の同志の「一致連合の精神」をたたえました。(略)

 平民社の活動に対する当局の妨害・圧迫はきびしく、「平民新聞」もしばしば処罰や発売禁止の対象となりました。

 しかし、戦争への熱狂のなかで、敢然とこれに抗した平民社の活動の歴史的な意義はきわめて大きいと言えます。

 国家を越えて人類を見つめ、戦争を越えて未来を見すえる

 それは、なお私たちの課題でありつづけています。

 それこそが、私たちにとっての「坂の上の雲」ではないでしょうか。


 大日方 純夫(おびなた・すみお)早稲田大学教授
(日本共産党 http://www.jcp.or.jp/
 機関紙「しんぶん赤旗」http://www.jcp.or.jp/akahata
 2011.12.06.)



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