◎　戦時特例史略　３　◎　（1991.01.03.）

　この前後、スウェンザ・ガーウィッシュの護衛隊長の任に着き、公私ともに生命を守ったのが、ハリ・シュヴェルシュ。後年、彼らの太陽神たる "ハライ" の名で呼ばれることになる男である。

　ハライとスウェンザとの出会いは九歳と六歳の時だった。

　年間を通じて "祭りの準備" ランパ・イェルバと呼ばれる賑わいを見せる《祭市》だが、今でも一年に一度、最も気候の良い時期に、昔ながらの全部族の連舞奉納が《碧湖》の屋形船を舞台に行なわれる。最多部族・緑と、最小部族・白の、それぞれ代表の舞手として選ばれた二人はその日、初めて顔を合わせ、子役の伝統舞 "ハライとハラエ" を奉納した。

　陽光神ハラエの装束のスウェンザはどう見ても絶世の美少女にしか見えず、一心なハリ・シュヴェルシュは舞台が終わるとその足で相手を追いかけて求婚したという。

　六歳にして、はるかに成熟した知能と感性を持っていたスウェンザは笑って、母の真似をして「ウェイティング・リストに載せておく」と答え、ことと次第を報告して周囲の大人たちを大いに沸かせた。

（ "共に生きる者" の相手の性別に関しては、この星はまったくこだわっていない。）

　一方で、うかつにして相手の正体を知らずにいたシュヴェルシュ家の五男坊は兄達や年若い叔父達にさんざん馬鹿にされ、「ハラエ・ガーウィッシュの息子スウェンザに釣り合おうと思ったら、ハライ（※この場合は「部族一の英雄」ほどの意味）にならねば無理。」と、幼い初恋にあっさりととどめを刺されたが、しかしそんな事では全然、ハリ坊やはあきらめたりはしなかったのだった。

　再会を果たしたのは十七歳と十四歳。軍立の中央校に一浪してすべりこんだ入寮の日、ちょうど大学寮へ移るところのスウェンザとすれ違った…という、いささか情けないものである。

　それでも写真的記憶力を誇るスウェンザは彼を覚えており、「いまのところリストには七人並んでいるよ」と、笑いかけられて有頂天になった若き日のハライが、以後、ひとめ想い人の顔を見たさに、終末になると片道二十分を自転車ですっ飛ばして大学寮へ通った…というのは有名な語り草である。

　翌年、スウェンザはヌウェロムへ留学し、ハライは警備兵として軍務に就き、その人望と統率力から順当な昇進を遂げ、スウェンザ帰国の際には自薦他薦その他の候補を押しのけて護衛隊長の任を手に入れた。

　既に他星圏では見られなくなったような旧式の往復機でスウェンザが帰星し地上に降り立った時、婚約者ティア・アトレスは私人の立場として、他の要人達とはひとり離れて送迎路の先端に立っていた。五年ぶりに再会した恋人達が互いに駆けよろうとするまさにその時、明らかにアトレス嬢に狙点を定めた迫撃砲が飛来し、救おうとするスウェンザの目前でティア・アトレスは一命を落とした。

　これは、高名な芸術家でもあるスウェンザ本人を殺害した場合の外交問題を顧慮した《北》軍が、スウェイリヒを通じて最も有効なスウェンザ潰しの策として強行させたものである。

　この事件を契機として、もはや即発状態だった両国間の緊張は限界を超え、《緑》の側からの即日の宣戦布告と同時に、両首都間の最短路上において戦端が開かれた。

　騒然とする宙港から、半ば自失した状態の彼を引きづって私宅に送り届けたのはハライであるが、実父スウェイリヒの推測通り、最愛の恋人を護りえず目前で殺され、しかもそれを自分のせいと知ったスウェンザは深く己れを責め、一切の公的責任を放棄して、私宅に閉じこもったまま飲食を断ち、発狂もしくは自殺の寸前まで自身を追い込んだ。

　 "ハラエの息子" を深く敬愛するあまり誰もが何らの手も打てずにいる間に、護衛隊長であるハライは職権を応用して私宅内に立ち入り、いささか強引な方法ながらスウェンザの自責の念を正当な怒りに転化させ、《北》への復讐戦に参画するよう、説得に成功した。

　スウェンザは最高参謀として、ヌウェロム滞在中から通信による指示で建設させていた人工知能、有機中枢アフイラの内部へと居を移し、軍・民、双方の長期策の立案に没頭。

　一方、強引に性行為を求めるという形で彼を正気に返らせたハライは、相手の生命を救うという目的は果たしたものの、自分の手段が許されることは決してないだろうと悟って絶望し、護衛隊長の任を退き、一兵士として最前線に身を投じた。



（未完）