3.ウァ・エムバ(大陸)…ナール(人間)とイシール(単性種)… (1990.11.22.)
3.ウァ・エムバ(大陸)…ナール(人間)とイシール(単性種)… (1990.11.22.)
https://www.youtube.com/watch?v=4cwChalNCDc
Sacral Nirvana - Oliver Shanti (2 hours)




3.ウァ・エムバ(大陸)…ナール(人間)とイシール(単性種)…

 星船墜落の際、脱出しえず船内に残った者の殆どは死亡し、生存者は艦橋で操船を担当していた極わずかなイシール種のみであった。

 高度な科学知識と独特な倫理観(※)を持つ彼らは船内の遺体を回収し使える機材を寄せ集め組み立てて、一定の基礎型区分にもとづく大量のナール種クローン体作成にとりかかった。

 遺伝子の選択と教育プログラムによって、まず体格が良く感性は鈍い者が数万の遺体の葬送作業のために送り出され、次いで基礎的な科学的知識を与えられた軽敏な種が船内機材の回収と修理にとりかかった。

 その間、イシール種は船外の惑星環境を探査し、ラクシャ・インストラへの脱出組とも幾度かの交信に成功したが、その時点で広い太洋をへだてての合流は不可能事と判断し、ウァ・エムバ墜落組のみでひとつの生存圏を確立すると決定。

 これに従い、さらに数種類のナールが生産され、新たな教育プログラムに従って、探査、開拓、農耕、建築、等の職種にふりわけられた。

 墜落した星船を中心に放射状の農地が広がり、環状の居住区が建設され、自然な生殖行為による子供の誕生も含めて人口が約一万を数えるようになった頃、この新生のコロニーには重篤な危機が訪れた。唯一の指導層であったイシール種の死滅である。

 本来、ナール種の十倍に近い長命族であったイシール自身、この事態は想定しておらず、、原因となったのはおそらく、わずか十数人でひとつの世界を築かせねばならないという使命感から来る精神的消耗、および慣れない惑星環境での外気に身をさらしての作業指揮であったとされている。

 絶滅する寸前に彼らは彼ら自身のクローン体をも急造したが、高度すぎる知識と感性の故に十分な基礎教育を与える事はついに出来ず、彼らの養育は短命なナール種に、千対一の人口比で託されることになった。



 さて、ウァ・エムバのナール種の、これもぎりぎりになって作られ教育された新たな指導者グループに遺されていたものは、まだ童子の不安げなイシール達と、ごく大まかな開拓・開発計画、そして生産された時から適確な指示を受けて動くことをしか知らない、単純で善良な労働力としての一万にのぼる民衆だった。

 十数人のイシール種の寿命をすり減らすほどの重責を、クローン培養槽の中で人工的な知育を施されただけで、成人としてこの世に送り出されたばかりの未熟なナール種100人足らずに引き受けきれる筈はなく、彼らは忙殺され、疲労困憊し、イシール児の再養育はおろか、機械的に生産され増え続ける労民たちの対応にすら手がまわりきらない有様だった。

 従って十分な訓育を受けぬまま開拓作業に従事させられた者達のあいだではもめ事やサボタージュが急増し、計画はたちゆかなくなり、厄介事は全て持ち込んで来て、自分らでは何ひとつ解決する習慣を持たない労民層を、深刻に憎む指導者までが現われる事態となった。

 指導層のうち一部の者が、他の承認は得ないままに、クローニングの生産ラインを停止した。人口の増加は3万足らず(*)で止まった。が、彼らには、一旦停止させたラインを再び軌道するだけの知識は施されていなかったのである…。

 ことの是非と今後への善後策をめぐって指導層は幾重にも分裂し、深刻に対立した。イシール児たちは深い感性を秘めた瞳でただ黙ってそれを見つめていたが、ある日、何人かがふいと姿を消し、長いあいだ戻って来なかった。

 居残った数人の子供らは指導層から離れ、労民の居住区へ移って、それまで彼らが娯楽として、機械によって再生して与えられるものしか知らなかった物事を、目前で実演してみせた。肉声で、歌ったのである。

 またある者はひとりひとりの似顔絵を描いてまわり、ある者は他愛もない自作の、身近な物語…彼らの預かり知らない "船" や、それ以前の世界での出来事でなく…を、自然出産により生まれた、この星はじめての幼児たちに、語って聞かせた。

 全てを放棄して、ただ指導層の決着を待っていた労民たちは、ようやく自分達に出来る事を見つけて働き始めた。赤ん坊たちとイシール達に、食べさせ、着させ、暖かく眠らせるために、それぞれに教えられた仕事に、進んで戻ったのである。

 ただ、計画し始動する者はいなかったので、都市整備は変則的になり、農地はだらだらと外へ流れ出て行った。

 やがて、イシールの子供の主だった者のとりなしにより、指導層中の多数派…亡きイシール達の遺志に従い、あくまでも秩序だった開拓・移民を行なうべきだと主張する者…が主導権を得、クローニングを停止させた少数派、イシール人種の理想論でなくナールの本性に任せた自然な発展を、と説く者たちは、星船を中心とした "聖域" から離れ、独自の生活圏を築くという結論に到達した。

 この時、長く行方不明だった年長のイシール児達が戻って来て告げた。彼らは惑星探査の為に製造された一隊と行を共にしていたのだが、ここから十分に遠く離れて気候も異なる地帯に、困難を克服する気概のある者になら、適応可能な広い土地があると。

(この時、また、イシールのひとりは先史文明人ユヴァンとの混血児を抱いていたという。)

 指導層のうち20人足らずと10人近いイシール、そして労民のなかで自ら志願したもの700余名を連れて彼らは北方の山岳地方へと出立し、以後、 "放" と呼ばれる辺境自由民の基となった。

 一方、残った指導者達は自ら「ン・グス・アインスカ」…秩序を守る者…と名乗り、労民達の善導という職責に戻った。

 労民達は彼らを歓迎した。道は真っ直ぐになり、畑や工場は合理的な生産計画に沿って運転された。

 ただ、「身内のもめ事」の調停をと頼む労民層は、いつの間にかいなくなっていた。



(※ イシール種の基本性格には、聖職者・殉教者・敬虔な学者にして神をたたえる芸術家、といった色彩が濃い。地球およびダレムアスでは、後に "天使" と呼ばれることになる種族である。)

(* この時点でイシール児は30人前後。)



「自己犠牲」と「思索による行動」という概念。



https://www.youtube.com/watch?v=RQ5ljyGg-ig
Desert Symphony (Southern Utah’s Landscape) - The Piano Guys


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