https://www.youtube.com/watch?v=kWcPMBYP2og
5 Centimeters per second /秒速5センチメートル OST




【 団扇(うちわ)うけ・ショートショート・シアター(劇場)】


 コウモリ城 物語

          by 遠野真谷人


 魔導士の洞窟のどこか内部の昏い裂け目を冷たい一滴がまた、したたりしたたりして奈落の底へまでもと、永いながい余韻をひいて響き、落ち去って行く。

 気も狂わんばかりの音律…

 だがそれにも増して奥深き場所で蠢いているのであろう、奇怪な暗闇の生物たちのたてる、ずるり、ぺたぺた、ざわざわという、潮騒のごとき営みのざわめきが、近づくでもなく、さりとて、遠く溶滅してくれるわけでもなしに…

 彼女の疲れはてた心を、ずっと悩ませているのであった。

 …いったい…

 あれから何時間、何日が、むなしく経ったものか…

 さしも巨大であった松明もついには尽きようとし、

 今はただ、うず高い灰のなかに皓々と紅い燠の篝ばかりが、辺りを見渡させる心細い唯一の頼りであった。

 …彼女…虜囚の姫は……

 もはや力も無く、そのたおやかなる身を鉄鎖に預け、痛々しき鋼の輪につながれた双腕からは全ての感覚が(…有難いことには痛苦さえもが!…)とうの昔に奪い去られている。

 薄夜のように白いなめらかな肌は一層に蒼冷め、傷つき…

 がくりと項垂れたおもてに降りかかる、ぬばたまの夜滝の髪を、振りはらう余力すら、すでに残されてはいないのだった。

 …絶望…。

 色あせた形の良い唇が弱々とうごいて声にはならぬ言葉をつづくろうとする。

 かたりと、また熾火のひとつ燃え散る音がする。

 ………不意に。

 その傾城の、とも言われるべき新月のような美貌から、憂愁の色が去った。

 …何処からか届く声。

「………わが姫よ! どちらにおわします!」

 貴姫に忠誠を誓いし従戦士の、それは決死の叫びであった。

 荒々しく足音が近づき、紅い火明かりの照らすかの洞窟へと、駆け入ってきた男は。

 豊かに波打つ銀髪に身のたけ堂々の美丈夫。

 敵の血にまみれた双刃の大剣をひっさげ、肩口には大きなる傷を負い…

「… 姫君! よくぞ御無事で! 」

 歓喜のあまり身分低く従戦士は我を忘れ、一時、美姫の細腰を折れよとばかりに抱きしめ、かきいだき、そのかぐわしき唇を夢中でむさぼりとった。

「 …… …… おまえは…… …っ 」

 誇り高い皇女の眉がぴくりと動き、けれど抗う力もなく岸壁にもたれたままでいることに気づき、彼は、恥のあまり打たれたように飛びすさって床に額をすりつけた。

「 ……… 御無礼を! ひらに…ッ! 」

 巫女は黙って、つながれた双の腕をさし出す。

 大剣を鞘に納め、従戦士が魔道の者から奪い取った鍵を使おうと身をかがめた、その時。

 ふっと最後の熾火が絶え、戦士の無防備な頭上に浮かびあがる、妖しい碧の眼…



「 ! ……なぁ……っ」

 姫宮は、叫んだ。

「 …… にを、やっとんじゃ、このボケ…… ッ!! 」



 自由にされたばかりの片腕ひとつで従戦士の大剣を鞘からひっこ抜き、壁になる邪魔な相手の体は派手に横ざまに蹴っぱ倒して。

「 ……… なめるなァッ!」

 ざくっ。

 害意もなにも別になかった通りすがりの火喰いトカゲさん御一匹、唐竹割りにしてしまった…。



「……… う”~~。…腹が減ってるからチカラが入らん…。」

「…あいててて…」

 従戦士殿、蹴り倒されてぶつけた頭をさすりながら憮然と起き上がり。

「ボケはないでしょうボケは。せっかく救けに来てあげたっていうのにタチーカ姫。」

「言えるか!ひとが動けんのをいーことにッ!」

 どかっ。

 痛烈な後ろ回し蹴りが決まる。


「…ぐっ! …ッ!! 」


 一応、従戦士は肩にいのちに関わるほどの大怪我をしていたり、するのであった…。

 傷が開いた激痛で、泡を吹いてあっさり気絶。

「………あや。寝ちまった。ノンキなやつだな。ここは敵地だぞ~。」

 …お~い。

 つんつん。

 足先で蹴飛ばして。

 …zzz。

「 … う~む。 こいつ重いしな~。 …

 ま、気がつきゃ自分で帰って来るだろう。うん。」



 じゃ、しゃーないな。と…。

 考える、なんて作業はおよそ彼女の得手ではない。わけで…。

 …にしてもメシ喰ってないから寒いや。コレ借りるぞ~!

 とか呟いて、ずるん。ごとっ。スタスタ…

 サラ・レシフェ・タチーカ姫は晩メシを喰いに、ひとりで帰って去った。

 あとには、マントをはぎとられた哀れな従戦士さんがひとり、白目をおむきになって。

 …肩口からは、激しい血潮が、どくどくどくどく……










               ENDE.



【副題】(さぶたいとる):

 由羽 院(ゆいば・いん)の、外見とナカミ(性格)の喰い違いについて、または、栗本 薫の世界からブラックジョーク風 新井素子 文体への唐突なトリップ。
 でした…。




(※ このスペースに、ショート・ショート、詩、イラスト、なんでもいいや、
募集します。載せたい、という人は、例によって真谷人まで御一報ください。
待ってます ♪ )





コメント

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2016年12月14日20:32


…推敲途中の没原稿もあるんですけど、どうしましょうか…?

w(^^;)w

騎士の名前が「トーノ」か「ノート」か「トウノ」か…という落書きや、

姫君が当初は「ターチカ」姫だったりとか、

出るはずだった脇役の名前が

「ク・リモート」と「イーシ・カワン」だったりとか…

 当時の身内にしか通じないギャグだけで成り立っていた一作でございました…www

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2016年12月14日20:37


…あ、「団扇」(うちわ)というのが、そもそも、

当時主宰していた同人誌の仲間(まさしく「内輪」)の、
連絡用に発行していた、ミニ会報のタイトルでございました…☆)

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2016年12月14日20:39


「怪談・寒い半纏(はんてん)」

 かさばる荷物を抱えて私は歩いていた。



…という書き出しだけのメモもあり。

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2016年12月14日20:41

あ、
「コウモリ城」(どっちかわからんやつ)の元タイトルは、
「トンビ城」(おそらく「トンビがタカになる」という意味?)でした…

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2016年12月14日22:35

 ↑
もともとユイバくんが描いてたのが『鴉城物語』。

…の、パロディだったんでした…w

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