「リターニア。」

 モイラはそう少女を呼んだ。

「待っていたのです。
 あなたが来ることはわかっていました。」

 モイラ.Aの客室の中は殺風景なほどに整っていてなにもない。ベッドと机とスチームががひとつあって、あとは窓ぎわに絵がかけてあるだけだった。それもT.K.たちがあらかじめ飾っておいたものだ。

 モイラはリターニアに椅子をすすめ、自分は疲れたようにベッドに腰をおろした。常に姿勢のよい、礼儀正しい彼女がである。見ている者があれば具合いでも悪いのではと思ってしまうほど、体が重そうな様子だった。

「わかっていたというのなら…!」

 しばらくの沈黙のあと押し殺したように少女が叫んだ。

「なぜ、あたくしを置いて行ったりしたの!!」

 少女、リターニアは、ひどく勝気そうでそして怒りのために震えていた。

 あざやかな色のドレスのひだの上で白い華奢な指がきつく組みあわされている。

「あなたは…」

 モイラは苦しげに口を開いた。顔があおい。

「あたくし、あなたと一緒に行きたいのよ。」

 少女が高飛車にそれをさえぎる。

「言ったでしょう。あたくしも "永遠" と "無限" というものをこの目で見てみたいの。あたくしにだって、その権利はある筈だわ。」

「………権利?」

 美しくもの静かだった婦人は、はじめてきつく眉を寄せた。すっ、と沈んでいた身体が伸び、かたく張りつめた驚くほどに優美な背筋が再び彼女をささえる。

 その口調は厳しかった。

「あなたさまに何の権利があると云うのです。」

「ふしぎびと、とかいうものになる権利よ!!」

 少女にしてもモイラ.Aの怒りの表情を見るのは初めてだったのだろう。彼女は今は気高く、おそろしく、神々しくさえ感じられるようだった。日頃の穏やかな微笑などどこにもなかった。彼女は固く目を閉ざし、また少女をみ、それから立って部屋のすみへ歩いた。

 いかにも身分の高そうな少女はヒステリックに体をふるわせていた。

「あなたは何かを誤解しているようです。」

 刃のような静寂さでモイラは云った。

「よろしいでしょう。さあ、よく御覧なさい。この2つのカバン。この身体そのものの他には、これだけが私の持つ全てのものです。あなたはあらゆるものを捨て、お父上も、お父上の庇護のもとでの豪奢で安全な暮らしも、むろん友人も恋人も捨てて、たったこれだけの荷物にご自分を託すことがおできになりますか。…それができるというのなら、私は、あなたを連れてゆきましょう。」

 少女は音たてて椅子から立ちあがった。立ちあがって、しかし、そこから動くことができなかった。色を失った握りこぶしが体の両脇で震動していた。

 モイラ.Aの持ち物が、あの最初の日に携えて来たショルダーとスーツケース。だけ、というのは本当だった。茶の盆を運んで来たまま、ただならぬ室内の気配に聞き耳をたてている、人のよいT.K.は知っていた。彼女は村のよろず屋でもめったに買いものをしなかったし、冬の間じゅう手紙も小包もうけとっていなかった。それに建てつけの収納家具も使わない。

 カバンが2個。

 上手につめこまれて見かけよりは多い容量とは云え、それが彼女の生活をささえるすべてのものだった。

「増えてゆくのは想い出ばかり。」

 いつか、にこやかに微笑みさえして不思議の旅人は歌っていなかったか?

 少女の腕があがった。まるで本体とは何の関係もない白い細い蛇のように。それは手近の花瓶をつかみとり…それさえがT.K.の両親の財産だった…次の一瞬、冬季は貴婦人の頭上で激しい音をたてていた。

「アスタテクルトンさん!?」






https://www.youtube.com/watch?v=lcOxhH8N3Bo
Bonnie Tyler - Total Eclipse of the Heart
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あ、これこれ。これで「ボニータイラーの名前」を認識した曲…。

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