くつのおばあさん(仮題)
こんな話をしても誰も信じないだろうな。
あたしには…まあ類は友を呼ぶとはよく言ったもので…昔から妙な知りあいとばかりつきあいがあるのだけれど、それがなにも人間だとばかりは限らない。妖精小人の一族といえばいいのか太古の種族の生き残りなのか、ひとりとても年をとった小さなお婆さんの知りあいがいて、どれぐらい小さいかというとよくあたしの防寒ブーツのなかにすっぽり座りこんでは昼寝をしている。あったかくて居心地がいいのだそうだ。
もう何代も前の住人の頃から、今はあたしのものになったこの部屋(アパート)の、靴箱の奥に住みついているらしい。これまでの人は、みぃんな彼女と『そりが合わなかった』とかで、正体不明の座敷童子現象を勝手に気味悪がってすぐに出て行くか、暗に彼女の魔法でいびり出されたか、どちらか。…どうりでこんないいところの部屋代が安くなったわけだ。大家さん、お気の毒に。
幸いにもあたしは無事彼女と共存体制を確立し、のうのうと棲みついている。
ん、あたし? そう、作家志望なんだよね、これでも。
「う~~。そういやこんどの新人賞のネタ、どうしよう。」
ある晩のことだった。例によってコタツにもぐりこんで原稿用紙どうしてもうまくいかない第4章と格闘していると、熱中のあまり辞書をひきよせるはずみに紅茶ポットをぶちまけてしまった。
きゃー!
もちろん、生命より大事な原稿用紙だけはすぐに抱えあげたから無事ですよ。だけどコタツカバーとじゅうたん、べしゃべしゃ。あや~~~。
と、おかしいじゃないか、いつもならシャクにさわる高い声でキィキィ、まったく、アキコ、誰が掃除をすると思ってるのいるんですか、と実家(うち)の母親(おかん)よりも口やかましい彼女が、静かにしずか~に生気のないため息をついて後かたづけに立ちあがった。
あれえ?
「ねェ、ロンドン、どうしたの。いつもの御説教はなし?」
「わたくしあたしの名前は********ですよ。いつも言っているでしょ。えげれすの首都みたいななまりで呼ばないで下さいね。」
おっ。可愛気のないところだけは健在だな。
んなことを言ったってあたしにはそれ、ロンドンか、ドンドンて風にしか、聞こえんわぃ。
「だからそりゃ日本人間には発音は無理なんだってば。」
「そんなことがあるものですか。あたしには、ちゃんと日本人間語がしゃべれているんですからね。まったく人間ときたら自分たちのことにしか興味をむけないで……ああ、ああ。おkれはもう完全に染みになりますよ。とにかく早く洗わないと… ほらほら、さっさと上のものをどけてどけて。」
「あ、うん。」
自慢じゃないけど、家事は不得手だし、運動神経はトロいのだ。あたしがもたくさとコタツ板をはずしにかかっていると彼女はさっさとカバーひっぺがしてまるめて洗濯機に直行してしまった。
あの小さい身長30cmに満たない体でどうしてそういう芸当ができるかといえば、もちろん半分は魔力を借りてるからだ。
洗濯機にたてかけたはしごをよじのぼりながら、だけど彼女は小さなため息をついた。
「まったく、人間(アキコ)ときたら、これじゃあたしがいなくなってしまったら、どうなるのかしらねぇ。」
「え。ちょっとロンドン。」
「あたしの名前は********ですよ。」
「んなことはいいからさ。いなくなっちゃうって、それ、どういうことよ。どっかに引っ越そうっての? 人間(あたし)に、見つかったから?」
…やばい。明日っから何食べて行きていこう。まともな料理がつくれない。
「その程度ですめばいいんですけれどねぇ。」
彼女は、とっても暗あく、呟いた。
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