「納得できない」という声を上げる
2009年4月16日 チベット有問題 !⇔ 国際 【 被曝 + コロナ 】関連(090817朝入力)※ちょっと長いです☆
ほかの土地の「民族問題」と若干異なっているのは、沖縄(琉球王国)はもともと独立国であったものがすでに薩摩藩によって侵略・併呑されており、薩摩藩政を引き継いだ日本国のなかに於いて既に被差別の少数先住民族という位置づけにあったものが、日本国政府が勝手に始めた対外侵略戦争に「負けた」ことの代償を、一括して負担する役を押しつけられている……という、重複というか、二重の「侵略と搾取」の構造の下にある。という点……かな?
あとはおんなじ。みんな同じ構図の、
民族問題……★(--)★
グアム協定
強奪した土地
無条件に返せ
赤嶺議員、沖縄の思い語る
日本共産党の赤嶺政賢議員は十日の衆院外務委員会で、在沖縄海兵隊グアム「移転」協定の廃案を麻生太郎首相に迫りました。米軍に土地を強奪された沖縄県民の苦難の歴史を訴えた質問の一部を紹介します。
沖縄県民が協定に反対する最大の理由は、嘉手納基地以南の土地返還に、名護市辺野古沖への新基地建設、米海兵隊のグアム「移転」のための日本の財政負担という条件をつけるものだからです。
沖縄の米軍基地は県民の土地を強奪して造ったものであります。
沖縄は、第二次世界大戦で、国内で唯一住民を巻き込んだ地上戦を体験しました。
上陸した米軍は、住民を捕虜収容所に強制収容し、その間に軍用地・民用地を問わず基地建設に着手しました。住民が収容所から帰ると、鉄条網が張られ、自分たちの土地が基地に変えられていたのです。
サンフランシスコ平和条約が締結された一九五一年以降、鉄剣とブルドーザーによって、米軍は抵抗する住民を強制的に排除し、基地を拡張しました。
私の生まれ育った那覇市小禄(おろく)もそうです。
その集落の一つである具志(ぐし)では、米軍は「水道を引いてやる」という理由で八千坪の土地を奪いました。実際に設置されたのは水道タンクではなく、米軍のガソリンタンクでした。
私は、土がかぶせられ芝が植えられ、こんもりした丘に見せかけたこのガソリンタンクに抱かれるようにして少年時代をすごし、成人しました。結婚してもなお、ガソリンタンクは残っていました。
住民をだましうちにしてガソリンタンクを造ったあと、米軍は、大勢の武装米兵、装甲車、トラックで押し寄せ、土地とりあげに反対して座り込む住民を銃剣で殴り、軍靴でけり、頭から毛布をかぶせて、片っ端から追放していきました。銃剣とブルドーザーの土地強奪は、宜野湾市伊佐浜や伊江島など県下各地で行われました。
米軍は、戦後六十四年間、県民に何の補償をすることもなく、沖縄に居座り続けました。それどころか、(一九九六年の)SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)合意以降、「土地を返還してほしいなら、それにかわる新たな基地建設を受け入れよ」といってきました。
さらに、(二〇〇六年の)米軍再編最終合意以降は、「海兵隊をアメリカに戻してほしいならグアムの基地建設まで負担せよ。それがなければ、土地返還には応じない」といってきました。
政府が米軍に土地返還を求めるなら、アメリカ政府の負担で、汚染した土壌をクリーンアップするなど、土地を元に戻して返還せよと求めるのが当然ではありませんか。強奪された土地の返還を求めたら、それに条件をつけて、それを認めなければ返せないなどということは到底許容されるものではありません。
米軍基地の集中する沖縄で、美しい海を破壊して新基地の建設をパッケージでおしつけ、外国の領土であるグアムで、米軍の基地建設まで負担する今回の協定に、「納得できない」という声を上げるのは、基地に苦しめられている沖縄県民であれば当然であります。
対米追随外交、屈辱外交に沖縄県民が翻弄(ほんろう)される。そのようなグアム協定は絶対に受け入れられません。
(日本共産党 http://www.jcp.or.jp/ 機関誌
「しんぶん赤旗」http://www.jcp.or.jp/akahata
2009.04.16.)
ほかの土地の「民族問題」と若干異なっているのは、沖縄(琉球王国)はもともと独立国であったものがすでに薩摩藩によって侵略・併呑されており、薩摩藩政を引き継いだ日本国のなかに於いて既に被差別の少数先住民族という位置づけにあったものが、日本国政府が勝手に始めた対外侵略戦争に「負けた」ことの代償を、一括して負担する役を押しつけられている……という、重複というか、二重の「侵略と搾取」の構造の下にある。という点……かな?
あとはおんなじ。みんな同じ構図の、
民族問題……★(--)★
コメント