第六夜 「 転生課題の物語 」 (仮題)
2019年9月15日 リステラス星圏史略 (創作)(承前)
◇
「報告は、以上です。…あえて文学的な言い回しをするなら…
状況は、絶望的。という感じですね?」
報告発表用の光板の前で語っていたリール・ジューンナールは少しばかり疲れた貌で、肩をすくめておどけてそう言った。
昨日は終日緊急対応に追われて、今日も未明になってようやく、艦内の主要職分の者が集まって臨時の会議が持てた。
日に日に、いや夜ごとに、悪夢に魘され続ける者たちの症状は悪化していく。
かろうじて制服に着替えて出勤しては来たものの、間断なく嗚咽をこらえ、落涙し、とりとめもなく泣き崩れてしまって、とてもではないがまともに業務がこなせる状態ではない者たち。
それぐらいならまだマシなほうで、部屋から出て来ず、迎えに行くと、寝間着のままで茫然として、滂沱の涙とともに全てを失念している者。
激しく泣き叫び、見境なく床や壁を叩いて己を呪い、あるいは、誰かを恨み憎んで、喚きちらし狂乱している者。
虚脱状態に陥り、なにもかも眼にも耳にも入っていない様子の者。
酷いのになると、発見された時には、自殺未遂で危篤。という有り様。
通常業務どころではなく、かろうじて動けてはいる者たちで励まし合って、手のつけようのない状態の他の者たちの無事を確かめ、安全を確保し、危なげな者は薬剤で強制的に麻痺させて、冷凍治療槽に放り込んでまわるしかなかった。
科学的分析情報の記録報告の義務を担う責任者であるサキ・ランとジューンナールは、手分けしてその他すべての人々の業務分の、とりあえず記録と送信だけは死守しようと走り回ったので、肉体的にも疲労困憊していた。
ソレル女史は今も少し心もとなさげに放心している。会議の議長だというのに。
ドク・マリアはそんな女史を変な風に意識していて、観るからに挙動不審だ。
副医長のヘレナはひっきりなしに鼻をすすり、ともすれば泣き崩れそうになる自分を必死で叱咤激励して、医療者だという職務意識にすがって、かろうじて正気を保っている感じ。
冷静沈着な皮肉屋をもって鳴る老練なダーナー艦長でさえ、悪夢を恐れて幾晩もまともに眠れなかったのだろう充血した眼をして、肩を落とし、溜息をついている。
戦士として鍛え上げている不動の精神力の持ち主のレイだけが、比較的早く己を取り戻した…と、サキ・ランは観ていた。
ただ、何故なのか、やたらと、いつも以上に、サキに貼り着き、追いまわし、構いたがるところだけが、閉口していたが…。
「動ける奴が、結局、何人いるって?」
そのレイが、鬱陶しそうな顔で、伸びすぎた青い前髪をかき上げながら、訊ね返した。
「ほぼ、おおむね、今この部屋に集まってる人数だけで… 全部?」
ジューンアールがまた肩をすくめながら軽さを装ってそう答える。
ほぼ、二十人にも満たない。
全艦数千人の乗員がいるはずの中で、…だ。
「運行停止と非常用回路の起動は完了している。」
ダーナー艦長が静かに追加した。
「事態が好転するまで一旦待機するのか、即刻回頭して最寄りの補給基地まで二ヶ月かけて戻るのか、はたまた、…御指示を頂けませんかな? 女史?」
「…あ、えぇ。…そうですね…」
そんな有り様など今まで誰も見たことが無かったほどにぼんやりと放心気味の様子で、深宇宙探査艦隊の発起人であり出資者であり全責任者でもあるソレル女史は、曖昧な相槌を打った。
「…サキ。あなたの、意見は?」
「決めかねますね」
比較的立ち直りが速かった組、の筆頭に入るサキ・ランは肩をすくめた。
「原因も状況も解らなすぎる。かといって、動かずに様子を見ていたら好転するという保証もない。」
「そうですね…」
ソレル女史がぼんやりと、ごくぼんやりと…
なげやりに、相槌を打つ。
◇
「…あ? をい? …ちょっと待てーーーーーッ!」
突然、虚空を睨んで、レイが叫んだ。
「なに?」
サキがびっくりして訊ねる。
「エリ―が!」
「え?」
「跳ぶ気かよ! アホかッ?」
「えぇ? …ぇぇぇぇえ! 無理! エリー! 無理!!!!!」
超弩級・超のつく超能力者、と呼ばれる二人組が、宙を睨んで叫んだり騒いだりする姿は比較的見慣れている人たちは、何事かと驚きながらも、質問している場合でもなさそうだと、解説がなされるのを待った。
「エリー…ッ!!!!!」
サキの悲痛な絶叫から、ただならない事態だということだけは判る。
「行ってくる! 捕まえて、跳ばすから、アンタ受け取れ!」
「無理だ! 間に合わないッ!!」
叫び。
◇
「報告は、以上です。…あえて文学的な言い回しをするなら…
状況は、絶望的。という感じですね?」
報告発表用の光板の前で語っていたリール・ジューンナールは少しばかり疲れた貌で、肩をすくめておどけてそう言った。
昨日は終日緊急対応に追われて、今日も未明になってようやく、艦内の主要職分の者が集まって臨時の会議が持てた。
日に日に、いや夜ごとに、悪夢に魘され続ける者たちの症状は悪化していく。
かろうじて制服に着替えて出勤しては来たものの、間断なく嗚咽をこらえ、落涙し、とりとめもなく泣き崩れてしまって、とてもではないがまともに業務がこなせる状態ではない者たち。
それぐらいならまだマシなほうで、部屋から出て来ず、迎えに行くと、寝間着のままで茫然として、滂沱の涙とともに全てを失念している者。
激しく泣き叫び、見境なく床や壁を叩いて己を呪い、あるいは、誰かを恨み憎んで、喚きちらし狂乱している者。
虚脱状態に陥り、なにもかも眼にも耳にも入っていない様子の者。
酷いのになると、発見された時には、自殺未遂で危篤。という有り様。
通常業務どころではなく、かろうじて動けてはいる者たちで励まし合って、手のつけようのない状態の他の者たちの無事を確かめ、安全を確保し、危なげな者は薬剤で強制的に麻痺させて、冷凍治療槽に放り込んでまわるしかなかった。
科学的分析情報の記録報告の義務を担う責任者であるサキ・ランとジューンナールは、手分けしてその他すべての人々の業務分の、とりあえず記録と送信だけは死守しようと走り回ったので、肉体的にも疲労困憊していた。
ソレル女史は今も少し心もとなさげに放心している。会議の議長だというのに。
ドク・マリアはそんな女史を変な風に意識していて、観るからに挙動不審だ。
副医長のヘレナはひっきりなしに鼻をすすり、ともすれば泣き崩れそうになる自分を必死で叱咤激励して、医療者だという職務意識にすがって、かろうじて正気を保っている感じ。
冷静沈着な皮肉屋をもって鳴る老練なダーナー艦長でさえ、悪夢を恐れて幾晩もまともに眠れなかったのだろう充血した眼をして、肩を落とし、溜息をついている。
戦士として鍛え上げている不動の精神力の持ち主のレイだけが、比較的早く己を取り戻した…と、サキ・ランは観ていた。
ただ、何故なのか、やたらと、いつも以上に、サキに貼り着き、追いまわし、構いたがるところだけが、閉口していたが…。
「動ける奴が、結局、何人いるって?」
そのレイが、鬱陶しそうな顔で、伸びすぎた青い前髪をかき上げながら、訊ね返した。
「ほぼ、おおむね、今この部屋に集まってる人数だけで… 全部?」
ジューンアールがまた肩をすくめながら軽さを装ってそう答える。
ほぼ、二十人にも満たない。
全艦数千人の乗員がいるはずの中で、…だ。
「運行停止と非常用回路の起動は完了している。」
ダーナー艦長が静かに追加した。
「事態が好転するまで一旦待機するのか、即刻回頭して最寄りの補給基地まで二ヶ月かけて戻るのか、はたまた、…御指示を頂けませんかな? 女史?」
「…あ、えぇ。…そうですね…」
そんな有り様など今まで誰も見たことが無かったほどにぼんやりと放心気味の様子で、深宇宙探査艦隊の発起人であり出資者であり全責任者でもあるソレル女史は、曖昧な相槌を打った。
「…サキ。あなたの、意見は?」
「決めかねますね」
比較的立ち直りが速かった組、の筆頭に入るサキ・ランは肩をすくめた。
「原因も状況も解らなすぎる。かといって、動かずに様子を見ていたら好転するという保証もない。」
「そうですね…」
ソレル女史がぼんやりと、ごくぼんやりと…
なげやりに、相槌を打つ。
◇
「…あ? をい? …ちょっと待てーーーーーッ!」
突然、虚空を睨んで、レイが叫んだ。
「なに?」
サキがびっくりして訊ねる。
「エリ―が!」
「え?」
「跳ぶ気かよ! アホかッ?」
「えぇ? …ぇぇぇぇえ! 無理! エリー! 無理!!!!!」
超弩級・超のつく超能力者、と呼ばれる二人組が、宙を睨んで叫んだり騒いだりする姿は比較的見慣れている人たちは、何事かと驚きながらも、質問している場合でもなさそうだと、解説がなされるのを待った。
「エリー…ッ!!!!!」
サキの悲痛な絶叫から、ただならない事態だということだけは判る。
「行ってくる! 捕まえて、跳ばすから、アンタ受け取れ!」
「無理だ! 間に合わないッ!!」
叫び。
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