(承前)
◇
上司と上司の親戚で親友でもある担当主治医がほぼ同時に同じような変調をきたしてしまって様子がおかしく。
その心配をしながらも仕事の肩代わり分に忙殺されて事態を深く考える暇もなく。
とりあえずソレル女史がいつものように、睡眠治療槽に入っていた数ヶ月のあいだにぞろぞろと伸びてしまった長い長い銀の髪をばっさりと切り落として勤務用の科学者の公式正装に着替える気になってくれて、いまだすこし反応に間延びした印象はぬぐえないものの、何とか平常どおりの業務を再開してくれたのに安心して。
サキ・ランは超過勤務を一旦うちきって私室に戻った。
「…夢見が悪いって… あの二人に限って、何でまたそんな非科学的な…??」
ぼやきながら、たっぷりの泡をたてて深宇宙探査船の上級乗組員用のそれなりには広い私室のなかに自前で持ち込んできて据え付けた移動用小個室内の横寝型開放浴槽にのんびり浸かって、長い髪と全身をのんびりと丁寧に洗い、今日の疲労と弛緩を明日に持ち越さないようにと、湯あがったからだで十分な筋肉展張運動をしてから元々の本業である奉納神職舞踊の基本動作をひととおり流して、小一時間の軽い基礎訓練の日課は、けして欠かさない。
やれやれと。再び軽く汗を流してから夜食を胃に入れて洗顔と歯磨きを済ませて、あくびをしながらのんびりと、寝床に入った。
◆
恋人は、紅い。
紅い、赤い…
血にまみれた肉片と化して、無惨に四散した。
◆
絶叫した。
喉も裂けよとはこのことだったかと頭の片隅でぼんやり考えていた。
テロだった。
考えれば判るはずだった。恋人は狙われていた。
衆人環視のなかで誰が紛れこんでいるとも分からぬ屋外の仮設の開放会場で、
反政府・人権復興活動の、開始を。
宣戦布告する。
そんな、…大役を。
◆
「時間ですよ」と、自分は言ったのだ、無情に。
「ちょっと待って!」と、エイリスは言った。
「ちょっと待って。少しだけ、十五分だけ!」
「なにを言ってるんですか? もうみんな集まってるし、時間はむしろ押してる」
「急用が出来たんだ!」
「なにをばかな」
「急いで行って来ないと! 時間がない! …すぐに、戻るから!」
「なにを言ってるんです? もうみんな集まってると言ってるでしょう?」
「だって!」
「どこに行って何をしようと言うんですか…
この集会よりそのほうが大事だって言うんですか?」
「…だって…!」
「わがまま言わないで。私たちが今日の準備のためにどれだけ苦労したと思うんですか? そもそもあなたが言い出したことでしょう。我々中層市民にも、下層民の一斉蜂起を支援する、道義的な義務があると。」
「…そ… れは、…そうだけど…!」
「あなたが職務放棄すると言うなら、我々も考えますよ?」
恋人なのに。
じぶんの、恋人なのに。
…
どこへ行って何をしようと考えているのかは、薄々、気がついていた。
わたしの…
最愛の、唯一の、
ひとなのに…
他の、誰かの、あのひとの…
見送りに。
行きたいと… 言うのだ。たぶん…
◆
「さぁ。わがまま言わないで。あなたの役目を、きちんと果たして?」
「でも! …お願い! 式次第の順番を少し変えてくれるだけでいいんだ!
アレンの宣誓を先にまわして! その間に、すぐに行ってすぐに戻って来るから!」
「…時間を、守らない気なら、わたしの部下の参加は、見合わせ、させますよ?」
すり抜けて走りぬけて誰かの見送りに行こうとする恋人を、じぶんは全身で、さえぎった。
「さぁ。時間です。」
「…恨むよ、エルさん…ッ!!」
泣き腫らした、紅い眼で。
それが、最後にじぶんに向けられた、…ことば。だった…。
◆
爆殺。
◆
非暴力で行われるはずだった反政府抗議行動は、そのまま武装蜂起になった。
だれもが怒っていた。
もともと組織化されて革命完徹!と叫んでいた地下勢力だけではない。
安定階級と呼ばれた中層市民も、いや、上級支配階層の人間たちでさえ。
人気者のエイリスを、無惨に爆殺した。…その罪の、一点で。
半狂乱になって、旧政府指導者層を指弾し糾弾し放逐した。
ちからづくで血統支配の塔は砕かれ、権力者たちは捕縛され、裁かれ。
短時日のうちに全ての支配体制が覆った。民衆の、自由の、…国家に。
◆
《犠牲者》として《亡き》エイリスは称えられた。人民の英雄と。
檀上で爆殺された。
血まみれで、からだは四散した。
その、ゆえに。
亡き、英雄と…。
◆
しかし…
革命で追われた旧支配者層らのすべてに代わって革命応援者として医療局最頂代表の地位を得た、じぶんは。
まるで旧時代の支配者層らの傲慢そのままに、特権を濫用し。
ぼろぼろに砕かれた恋人の肉体に、禁断の、再生措置を…
ひそかに、かつ公然と…
半狂乱で、施していた。
「しかし! 脳と人格の再生が不可能な場合の肉体のみの蘇生措置は違法です!」
「法が何ですか? 国家が転覆した今になって、何のための順法精神?!」
「そもそも無理です! …無茶です!」
「脳も記憶も人格まで! すべて原状回復させます! 私なら…ッ 出来る!」
そう、言い切って。
そして…
その結果…
◇
朝だった。
いつもの目覚まし時計が、呑気に鳴っていた…
◇
上司と上司の親戚で親友でもある担当主治医がほぼ同時に同じような変調をきたしてしまって様子がおかしく。
その心配をしながらも仕事の肩代わり分に忙殺されて事態を深く考える暇もなく。
とりあえずソレル女史がいつものように、睡眠治療槽に入っていた数ヶ月のあいだにぞろぞろと伸びてしまった長い長い銀の髪をばっさりと切り落として勤務用の科学者の公式正装に着替える気になってくれて、いまだすこし反応に間延びした印象はぬぐえないものの、何とか平常どおりの業務を再開してくれたのに安心して。
サキ・ランは超過勤務を一旦うちきって私室に戻った。
「…夢見が悪いって… あの二人に限って、何でまたそんな非科学的な…??」
ぼやきながら、たっぷりの泡をたてて深宇宙探査船の上級乗組員用のそれなりには広い私室のなかに自前で持ち込んできて据え付けた移動用小個室内の横寝型開放浴槽にのんびり浸かって、長い髪と全身をのんびりと丁寧に洗い、今日の疲労と弛緩を明日に持ち越さないようにと、湯あがったからだで十分な筋肉展張運動をしてから元々の本業である奉納神職舞踊の基本動作をひととおり流して、小一時間の軽い基礎訓練の日課は、けして欠かさない。
やれやれと。再び軽く汗を流してから夜食を胃に入れて洗顔と歯磨きを済ませて、あくびをしながらのんびりと、寝床に入った。
◆
恋人は、紅い。
紅い、赤い…
血にまみれた肉片と化して、無惨に四散した。
◆
絶叫した。
喉も裂けよとはこのことだったかと頭の片隅でぼんやり考えていた。
テロだった。
考えれば判るはずだった。恋人は狙われていた。
衆人環視のなかで誰が紛れこんでいるとも分からぬ屋外の仮設の開放会場で、
反政府・人権復興活動の、開始を。
宣戦布告する。
そんな、…大役を。
◆
「時間ですよ」と、自分は言ったのだ、無情に。
「ちょっと待って!」と、エイリスは言った。
「ちょっと待って。少しだけ、十五分だけ!」
「なにを言ってるんですか? もうみんな集まってるし、時間はむしろ押してる」
「急用が出来たんだ!」
「なにをばかな」
「急いで行って来ないと! 時間がない! …すぐに、戻るから!」
「なにを言ってるんです? もうみんな集まってると言ってるでしょう?」
「だって!」
「どこに行って何をしようと言うんですか…
この集会よりそのほうが大事だって言うんですか?」
「…だって…!」
「わがまま言わないで。私たちが今日の準備のためにどれだけ苦労したと思うんですか? そもそもあなたが言い出したことでしょう。我々中層市民にも、下層民の一斉蜂起を支援する、道義的な義務があると。」
「…そ… れは、…そうだけど…!」
「あなたが職務放棄すると言うなら、我々も考えますよ?」
恋人なのに。
じぶんの、恋人なのに。
…
どこへ行って何をしようと考えているのかは、薄々、気がついていた。
わたしの…
最愛の、唯一の、
ひとなのに…
他の、誰かの、あのひとの…
見送りに。
行きたいと… 言うのだ。たぶん…
◆
「さぁ。わがまま言わないで。あなたの役目を、きちんと果たして?」
「でも! …お願い! 式次第の順番を少し変えてくれるだけでいいんだ!
アレンの宣誓を先にまわして! その間に、すぐに行ってすぐに戻って来るから!」
「…時間を、守らない気なら、わたしの部下の参加は、見合わせ、させますよ?」
すり抜けて走りぬけて誰かの見送りに行こうとする恋人を、じぶんは全身で、さえぎった。
「さぁ。時間です。」
「…恨むよ、エルさん…ッ!!」
泣き腫らした、紅い眼で。
それが、最後にじぶんに向けられた、…ことば。だった…。
◆
爆殺。
◆
非暴力で行われるはずだった反政府抗議行動は、そのまま武装蜂起になった。
だれもが怒っていた。
もともと組織化されて革命完徹!と叫んでいた地下勢力だけではない。
安定階級と呼ばれた中層市民も、いや、上級支配階層の人間たちでさえ。
人気者のエイリスを、無惨に爆殺した。…その罪の、一点で。
半狂乱になって、旧政府指導者層を指弾し糾弾し放逐した。
ちからづくで血統支配の塔は砕かれ、権力者たちは捕縛され、裁かれ。
短時日のうちに全ての支配体制が覆った。民衆の、自由の、…国家に。
◆
《犠牲者》として《亡き》エイリスは称えられた。人民の英雄と。
檀上で爆殺された。
血まみれで、からだは四散した。
その、ゆえに。
亡き、英雄と…。
◆
しかし…
革命で追われた旧支配者層らのすべてに代わって革命応援者として医療局最頂代表の地位を得た、じぶんは。
まるで旧時代の支配者層らの傲慢そのままに、特権を濫用し。
ぼろぼろに砕かれた恋人の肉体に、禁断の、再生措置を…
ひそかに、かつ公然と…
半狂乱で、施していた。
「しかし! 脳と人格の再生が不可能な場合の肉体のみの蘇生措置は違法です!」
「法が何ですか? 国家が転覆した今になって、何のための順法精神?!」
「そもそも無理です! …無茶です!」
「脳も記憶も人格まで! すべて原状回復させます! 私なら…ッ 出来る!」
そう、言い切って。
そして…
その結果…
◇
朝だった。
いつもの目覚まし時計が、呑気に鳴っていた…
コメント
とりあえずもう寝ます。(??)
貼ってある画像は気にしちゃいけません。(w)
おやすみ~☆☆